ハナガサイタ

都内でひっそり暮らすゲイの日記です。

僕のスタート地点

こんばんは。直です。

 

今日は、夕方から彼とは別行動。10年前社会に出てから、都内に越してくるまでの4年間を過ごした街に行ってきました。以前のブログにもちょっとだけ登場しましたが、当時馴染みにしていたお店に顔を出してきました。

 

このお店は駅から家に帰る途中にありました。レトロな佇まいと焼き物のいい匂いがお店の外まで広がっていて、引越してきてからずっと気になっていたんです。初めてお店ののれんをくぐったのは、引越してきてから最初の夏。入り口の引き戸は開けっ放しになっていて、中からはお客さんの賑やかな話し声。中に入るとコの字型のカウンターと小上がりの座敷に2つのテーブル。席はほぼ埋まっています。カウンターの中には炭火の焼き台と名物の煮込みが入った大きな鍋。茶色くなって年季を感じる壁に掛かったメニュー。入った瞬間に、お店の雰囲気が僕の心に刺さりました。

 

カウンターに通され、アルバイトの学生が、おしぼりを置くと注文を尋ねてきます。生ビールとオススメの煮込みを注文して、出来上がるのを待っている間に僕の携帯が鳴りました。ちょっと話している間にビールと煮込みが出てきます。久しぶりに連絡の取れた人からだったので、お酒を飲みながらその場で話し込んで盛り上がってしまいました。今ならそんなこと絶対にしませんが、周りも気にせずカウンターに座ったまま話し込んでしまったんです。しばらくして電話を切り、もう何品か美味しい料理とお酒を楽しんで、お会計をお願いした時のこと。女将さんにハッキリ言われました。

 


『電話なら帰って家でしな!』

 


そりゃそうです。お店は賑わってても、周りはおひとりで静かに楽しんでるお客さんや内輪で楽しく飲んでる方達ばかり。飲みながら、食べながら、電話しているのは、僕だけでした。素直に謝り、お会計を済ませると、今度は女将さんから優しい言葉。

 


『魚食べるの上手だね。張合いがあるよ。またおいでね。』

 


電話が終わってから注文した焼き魚の食べ方を見ていたらしく、そう声を掛けてくれました。失礼な振舞いをした僕に、他のお客さんが言いたかったことをストレートに伝える厳しさと、それでもまたおいでと言ってくれる優しさがありました。


なんて温かいお店なんだろう。

そう思った僕は、それから定期的に通うようになりました。20代の若者が1人で飲みに来るのは珍しかったのか、お店の女将さんや息子さん、馴染みのお客さんは、いつも優しく話し掛けてくれました。だんだんと名前を覚えて貰い、他のお客さんを紹介して貰い、お店での知り合いが増えていきました。そうなると、1人でお店に入っても、1人でいることがほとんどありませんでした。年齢、職業、立場いろんな人がいましたが、どの人も僕の悩みを聞いてくれたり、お酒の席での所作を教えてくれたりもしました。会社以外の人から聞くお話は、未熟な僕にとってはどれも新鮮で、勉強になるものでした。僕の社会人としてのアイデンティティは、ここを起点に作られたと言ってもいいと思っています。いつしか休みの日にみんなでテニスをしたり、潮干狩りに行ったりもして、お店の外でのお付き合いもするようになりました。4年間楽しく過ごさせて貰って、ついに僕の異動。都内への引越しを決めた時、お店で盛大な送別会まで開いてくれました。


今思うと、縁もゆかりもなかったこの街での生活は、家族や親戚はもちろんいないし、学生時代の友人とも離れ、孤独と不安でいっぱいだったんだと思います。会社には同期や年の近い先輩たちもいましたが、そこはやはり会社。何でも話せる人は、そうはいません。そんな僕に頼れる人生の先輩たちとのたくさんの出会いをくれたこのお店と女将さんには、とても感謝しています。


僕が引越して1年も経たないころ、今からちょうど5年前、一番仲良くして貰っていた馴染みのお客さんから連絡が入りました。


『女将さんが亡くなりました』


立ちすくむという言葉を、初めて自分の身で経験したような気がします。そして、思い出しても涙が出てきます。引越して以来、いつか行こういつか行こうと思いながら、しばらく顔を出していないうちに、こんなことになってしまうとは...

明日やろうは、馬鹿野郎。僕は、本当に馬鹿野郎です。会いたい人に会いに行く時間を惜しみ、死んでから会いに行くなんて。


今日は、女将さんの命日。どんなに忙しくても、毎年この日だけは、ここに来るようにしています。お線香をあげ、馴染みのお客さんとお店に集まり、思い出話と近況報告をしています。お店を出る時は、女将さんの『またおいで』が聞こえるような気がします。


僕の社会人としてのスタート地点となったこの街、このお店。いつまでも大切にしたいです。そして、そのきっかけを作ってくれた女将さん。本当にありがとうございます。